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贈り物

1 :ジャン・ジュネ:2000/04/25(火) 07:03
彼(ジャコメッティ)が尊敬する人、
あるいは愛している人に贈り物をしなくてはならないとしたら、
彼はきっと、それがその人に敬意を表する振る舞いだということをつゆ疑わず、
家具屋の店先で拾った丸まった鉋(かんな)の削り屑か、あるいは樺の樹皮の一切れを贈るだろう。
―ジャン・ジュネ「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」より

2 :フィルター:2000/04/25(火) 07:13
は?(w

3 :キノコ王子:2000/04/25(火) 07:16
ジャン・ジュネって映画監督ですかい?

4 :名無しさん:2000/04/25(火) 07:26
作家。

5 :りぞっちゃ:2000/04/25(火) 07:27
そりはジャン・ピエール・ジュネでわ?

6 :キノコ王子:2000/04/25(火) 07:34
>りぞっちゃ
そうかも、いやー良く知らないけどWOWOWでそんな感じの
名前を見た気がしたので。

7 :りぞっちゃ:2000/04/25(火) 07:36
そりとも、ジャン・コクトーと勘違いしたのかも?
ジャン・ピエール・ジュネはデリカテッセンは良しとしてエイリアン4は
がっくしや

8 :ジャン・ジュネ:2000/04/25(火) 07:52
ジャン・ジュネ(Jean Genet)
1910年、パリで生まれる。父は不詳。7ヶ月で母親に遺棄され
モルヴァン地方の指物師の家の養子となる、小学校和卒業後わずか10日で
職業訓練校の寄宿舎から逃走。放浪する間の微罪のため15歳で少年院に収監される
(当時のフランスには「放浪罪」があった)。18歳で軍隊に入隊、中東、モロッコなどに配属されたのち
1936年脱走する。訴追を逃れるため贋の身分証でスペイン。ドイツ、ベルギーを点々とする。
1937年フランスに戻り、以後7年間に窃盗などの罪で12回告訴される。1943年、フランス刑務所在監中に
詩集「死刑囚」を出版(刑務所長いわく「われわれは君に名作を書かせるために紙とペンを渡しているのではない」)、
以後矢継ぎ早に「花のノートルダム」「薔薇の奇跡」「葬儀」「泥棒日記」など、犯罪者の、また同性愛者の立場を公然と
引き受けた特異な小説群を発表、コクトーやサルトル(「聖ジュネ」)らの賞賛を受け作家としての名声を獲得する。
1949年に最終恩赦を受けたのち6年間沈黙。1955年から戯曲「黒んぼたち」「バルコン」「屏風」を発表し劇作家としてカムバックする。
1968年以降はアメリカ黒人解放闘争、パレスチナ解放闘争、移民運動などに荷担、時おり特異な政治評論を発表していたが、
1986年パリで死去。パレスチナ滞在期の追憶を中心とする長編回想記「恋する虜」が絶筆となった。

★「泥棒日記」は新潮文庫にある。
ほかの小説と戯曲は新潮社より全集にて読める。とくに小説「薔薇の奇跡」はおすすめ。

9 :キノコ王子:2000/04/25(火) 07:55
おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ読んだ事無いな。

10 :心の灯火:2000/04/25(火) 08:31
心に愛がなければどんな言葉も伝わらない

聖パウロの言葉より

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